
ハイキングコースのための日本で随一の実用月刊誌
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昭和25年5月創刊のハイキング専門の月刊誌『新ハイキング』を中心に、隔月刊の『新ハイキング
関西の山』、臨時増刊、書籍などハイキングに特化した出版をおこなっています。
実際に歩いた実績に基づく確かな記事内容で、他誌にまねできない「歩く人による、歩く人のための」編集内容。ハイキングクラブとして日本で最大級のメンバー数を擁する新ハイキングクラブは、この『新ハイキング』の定期愛読者の組織。「読んで、登って、仲間ができる」をキャッチフレーズに、連携しながらハイキング文化の普及と質の向上に努めています。
| 社名 |
株式会社 新ハイキング社 |
| 所在地 |
〒114-0023
東京都北区滝野川7-5-5 高橋ビル301 |
| TEL/FAX |
03-3915-8110 |
| 編集部 |
〒114-002
東京都北区滝野川7-5-5 高橋ビル301 |
| TEL |
03-3915-8852 |

基本精神(ポリシー)
「新ハイキング社」と「新ハイキングクラブ事務局」は相互に支えあいながら、会員=読者のために運営する。
新ハイキング社の役割
- 「新ハイキング」誌および「新ハイキング選書」を通して、ハイキングの魅力を一人でも多くの人に伝える。
- 出版事業により新ハイキングクラブ事務局の財政的基盤を支える。
- 新ハイキングクラブ会員、係(リーダー)、SHCサービスチェーン、ペンクラブメンバー等、関係者の相互利益を配慮して運営する。
新ハイキングクラブ事務局の役割
- 「新ハイキング」誌の定期購読者(=会員)が、安全に楽しく山行に参加できるようサポートする。
- 会員が、安全で、楽しくヴァラエティーに富んだハイキングを息永く楽しめるよう、企画・運営につとめる。
- 係(リーダー)も、山行参加者も、お互いに無理なく協力し合える仕組みづくりを推進する。
以上
新ハイ トップの素顔

小林 春三(ペンネーム:玻璃三)
新ハイキング社会長
新ハイキングクラブ会長
明治41年3月3日生まれ
「新ハイキング」創立者の一人。戦前にハイキング・ペンクラブの仲間とともに5冊の書籍を出版。
昭和52年6月澤田武志初代社長急逝の後を受け2代目社長となり、以来26年間クラブおよび出版社のトップとして貢献。
ニコニコとみんなのおとうさん役を続けています。
※「新ハイキング」535号(2000年5月号)に、氏が「ハイキング小史」と題して、新ハイキングの詳しい歴史を7回にわたり書いています。
ご一読いただければ幸いです。
7月2日午前10時3分に逝去されました。
新ハイキングに対する大きな貢献に感謝しつつ、ご冥福をお祈りいたします。
新ハイキング社 および 新ハイキングクラブ 沿革
- 昭和7年(1932年)
- 「ハイキング」発刊
- 昭和14年〜18年
(1939年〜1943年)
- ハイキング・ペンクラブより『奥武蔵』はじめ5冊の書籍を出版
- 昭和20年(1945年)
- ハイキングクラブ会員募集開始
- 昭和21年(1946年)
- 「ハイキングクラブ会誌」創刊
- 昭和25年(1950年)
- 新ハイキングクラブ創立、雑誌「新ハイキング」創刊(隔月刊)
新ハイキング社設立(社長:澤田武志)
- 昭和32年〜35年
(1957年〜1960年)
- 新ハイキングクラブ 支部発足(埼玉・武蔵野・城北・江戸川・大田・横浜・港・中央・目黒・川崎・台東・荒川・文京の13支部)
- 昭和36年(1961年)
- 雑誌「新ハイキング」月刊となる
株式会社新ハイキング社に改組(本社:大田区)
- 昭和40年(1965年)
- 新ハイキングサービスチェーン特約開始
- 昭和52年(1977年)
- 小林春三 社長就任
- 昭和57年(1982年)
- 新ハイキング選書1『西上州の山と峠』出版
- 昭和59年(1984年)
- 山行保険制度開始
- 昭和63年(1988年)
- 本社を北区滝野川に移転。
- 平成3年(1991年)
- 「新ハイキング・関西」創刊(隔月刊)
- 平成14年(2002年)
- 新ハイキング公式サイト開設
- 平成14年(2002年)
- 鮫島員義 社長就任。
小林春三 会長就任
- 平成17年(2005年)
- 創立55周年&600号突破記念海外山行

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